経済学という教養
経済学という教養 増補 (ちくま文庫 い 66-1)経済学という教養 増補 (ちくま文庫 い 66-1)
(2008/07/09)
稲葉 振一郎

商品詳細を見る

表紙のセンスが( ゚д゚)ポカーンだけどw
この本については後々きちんと書きたい。

今格差問題がアツいけど、それってもともと不況が原因だから不況を理解するために経済学を知っとこうみたいな話。で、不況に対する考えの違いからマクロ経済学の流派を1.古典的ミクロ経済学、2.実物的ケインジアン、3.貨幣的ケインジアンの3つに分けて、そのそれぞれを検討している。
1の古典的ミクロ経済学はいわゆる新古典派であり、本来不況は市場の調整能力ですみやかに解消されるはずだと考える。2の実物的ケインジアンは市場の不完全性に求めている。そのため根本治療としては市場の効率化(構造改革!)となるのだが、それは時間もかかるし痛みも伴うから財政・金融政策で対処しておきましょうとなる。3の貨幣的ケインジアンは不況の原因を人々の将来への不安のために貨幣を持ちたがる性質に求め、財政・金融政策でこれを打ち消してやらない限りいつまでも不況を克服できないと考える。

著者は貨幣的ケインジアンの考え方に共感しているようだが、実物的ケインジアン(いわゆるリフレ派)をちょっとナメてる気がする。これについては別にまた書こう。

そのあと日本経済に関する論争がまとめられていて、日本の経済論壇って実はひそかにマルクス経済学の影響をすごく引きずってるんだなあという印象。
そして最後に「景気は公共財」という何気に斬新な見解が出てくる。確かに貨幣的ケインジアンのような考えから言えば景気も政府が供給すべき公共財だ。だが、「個人は景気に対して責任がない」ということは裏を返せば「個人は景気に対して無力だ」ということでもあり、そのような無力感への反発から構造改革なんかが流行ってしまうんだろう。その上で著者は「個人にもできることはある」という。それは既得権益にしがみつくことであり、それによって賃金・物価の下落を減速させることで不況の激化を抑えることができるとしている。

最後のこれはちょっと眉唾モノで、確かに一瞬の不況の激化は抑えられるかもしれないけど解決策にはまったくなってないから不況を長引かせるだけのような気もする。実際それで不況が長引いた結果が就職氷河期で、格差問題なんじゃないかと思うと、この本は矛盾を抱えている気がしてならない。もちろん左翼に対するレトリックだというのはわかるけどさ。

文庫版で追加された章「『経済成長擁護論』再び」は、経済成長が格差拡大の元凶みたいな話に対する反論かと思ったら、環境問題に対しては経済成長しながら技術進歩で対応した方がいいよという話でちょっと拍子抜け。
【2008/08/14 12:28】 | 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<平成20年4-6月期GDP速報 | ホーム | 快癒>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://stratovector.blog112.fc2.com/tb.php/171-ecf57947
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |